2026年2月13日金曜日

津島しらうお祭りを視察(2月1日)

 令和8(2026)年2月1日(日曜)、宇和島市津島町の岩松川河川敷で「第35回津島しらうおまつり&産業まつり」(市・実行委員会主催)が開催されました。本学からは、4月に新設される地域未来創生コース担当の大成経凡先生が視察で訪ねました。大成先生の目的は、グルメを重点に置いたイベントで、県内でも珍しいシロウオ漁の体験を見学できることが一つ。そしてもう一つが、令和5(2023)年12月に国の重要伝統的建造物群保存地区となった岩松地区の町並みを観光することでした。以下は、新コース的視点からの報告となります。


しらうお祭りイベント会場
まずは、「しらうお祭り」からです。地元で「しらうお」と呼ばれるその魚は、正確にはハゼ科のシロウオを指し、宍道湖(島根県)や霞ケ浦(茨城県)で獲れるシラウオとは異なります。シラウオが河川河口域や汽水湖で一生を過ごすのに対して、シロウオは一生の大部分を沿岸域で過ごし、産卵期のみ河川へ遡上する生態の違いがあります。寿命は1年で、繁殖期に満ち潮に乗って上流を目指し、汽水域上流付近の砂礫底に巣穴を掘って産卵し、メスは産卵後に亡くなります。一方、オスは巣内にとどまって、う化まで卵を保護した後に亡くなるという、はかない時間軸で生きる魚類となります。シロウオ漁体験場に展示された宇和島水産高校水産増殖研究部の解説板によれば、愛媛県内では東予の大三島除川や西条市の加茂川・中山川、中予の重信川、南予の愛南町御荘湾や宇和島市の来村(くのむら)川・三浦地区などでもシロウオの生息が確認されていて、岩松川が巻き網漁であるのに対して、三浦地区と来村川は四つ手網漁と呼ばれる漁法が用いられてきたとのことです。


たらいに入ったシロウオ
シロウオ漁が始まると、マスコミはこぞって〝早春の風物詩〟や〝春の訪れを告げる〟といった形容語を使います。岩松川では1月下旬から2月中旬までその光景が見られ、網にかかったシロウオは体長約3〜5cmで透明の色をしています。小さいようですが、それが成魚の大きさです。現在、同所でシロウオ漁を営むのは、松浦紀江さん・和也さん母子の1業者だけです。訊けば、現在は漁師を専業とはせず、兼業漁師という形で伝統漁法を継承しています。では、なぜシロウオなのに〝しらうお祭り〟なのか? 松浦さんが過去にそれを実行委員会に訊ねると、「これまで〝しらうお〟で通してきたのだから、祭り名を変えることはできない」との返答だったようです。地元ではそれで違和感はないのですが、市外から訪ねてくる識者は、いつもその名称が引っかかるのです。これも現地へ行って聴き取りを行うことでわかることであります。


躍り食いにチャレンジする高校生
現在、「しらうお祭り」は産業まつりとの抱き合わせで開催されています。来場者の多くは、青いトラス橋(岩松新橋)より川上の河川敷イベント会場でのグルメがお目当てです。そこでは、宇和島の鯛めしのルーツともされる津島町の郷土料理「六宝(ろっぽう)」も堪能できます。この六宝とは、漬けダレに6種類の材料(醤油・酒・みりん・砂糖・ごま・卵)を使うことから名付けられたとか。また、じゃこ天やヒオウギ貝なども販売され、特に松浦さん母子が獲ったシラウオの〝おどりぐい〟コーナーには長蛇の列が見られました。〝おどりぐい〟というだけあって、口の中でシロウオがピチピチと跳ねるような食感を味わうことができます。三杯酢をひたしたカップには、シロウオと岩松川のアオサとがコラボしていました。ちょうどそばに居合わせた宇和島水産高校相撲部の男子生徒3名に、被写体になってもらいました。苦笑いを浮かべながら、初めて食するお味は「とてもおいしい!」とのことでした。水産高相撲部の道場は、近くの宇和島東高校津島分校にあるとかで、こうして地元のイベントに参加することが愛郷心を育み、地域に関心をもつきっかけとなるのでしょう。おどり食い1人前は300円での提供でしたが、シロウオそのものは漁期中に1合1,500円で鮮魚店が販売していました。

トラス橋より川下の河川敷では、松浦さん母子と一緒に網をしかけ、追い込み、引き揚げる漁の体験ができました(無料)。この一連の作業は、宇和島水産高校の男子生徒2名がボランティアでサポート役に回っていました。その一人(西条市出身)は、将来はJR四国が西条市で営むサーモン養殖場で働きたいという夢を語ってくれました。両名にとって、もちろんシロウオ漁は初めての体験で、貴重な経験値を積んでいるように感じました。まさか「しらうお祭り」で地元の高校生がボランティア活動に励んでいるとは思わず、未来の水産業の担い手として頼もしく感じました。教室を飛び出し、こうした地域イベントにかかわることで、地域を巻き込んだ水産ビジネスのあり方に思考をめぐらしたことでしょう。


シロウオ漁をサポートする宇和島水産高生

来年は、本学の調理ビジネス&地域未来創生コースの学生有志を引率して見学に参りたいと感じました。まちづくりの変遷がとても興味深いと思います。グルメに焦点を当てれば、昭和60(1985)年に津島町にオープンした「南楽園」(総面積15.3haの日本庭園)以降、まずは地元に観光協会が組織されます。そして、町内の各種団体を巻き込んで郷土料理をアピールするイベントに展開していきました。〝てんやわんや王国〟という、伝説のまちおこしグループの存在がよく知られています。こうした中で平成元(1989)年に「しらうお祭り」と「産業まつり」が融合し、現在の河川敷会場も整備されていったようです。今後は、その河川敷に隣接する町並保存地区との融合が期待され、イベントに来場した方々が町並観光に滞留する仕組みが求められます。




















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