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2026年7月24日金曜日

地域未来創生コース 大島・宮窪地域の公園視察(7月13日)

 地域未来創生コースでは、コミュニケーション能力や社会性を磨くためのインターンシップ実習やボランティア活動を単位化しています。前期授業も終わりに近づき、夏休みに向けてその準備にとりかかろうとしています。

ボランティア活動では、7月26日(日)に大島・宮窪地域で開催される水軍レース大会に、NPO法人「能島の里」(村上利雄理事長)指揮のもと、選手整列・誘導係をすることが決まっています。同コースからは男子2名が参加し、他にも介護福祉コースから留学生5名が加わります。本学は、同法人とは包括連携協定を結んでおり、宮窪地域の活性化に関わることで、まちづくりの視点を学び、広い視野を培いたいと考えております。

この日は、まず旧宮窪町時代に整備した石文化運動公園を視察(前回の地域創生探究Ⅰで、宮窪地域のまちづくりについて学習)。地元産の大島石をふんだんに使った多目的グラウンドや野球場、石文化伝承館(体育館)は、今も少年野球や陸上競技大会、剣道大会などに活用されています。石モニュメントの広場もありましたが、アートな視点からもっと光が当たってもいいと感じました。大島石でつくったすべり台は、芸予地震で損壊して以降、復旧がされておらず、もったいない気がしました。この園内に、能島の里が管理する「映日果」という軽食喫茶がありますが、当初は女性活躍推進の一環で整備された施設で、しまなみ海道開通後は物販と軽食を提供する食堂として活用されていました。営業休止となっていたところを、能島の里に声がかかり、定期的にうどんやカレーを提供して参りましたが、マンパワー不足で、現在は団体予約が入った時だけ食事(弁当)の提供を行っているようです。ふだんは、能島の里が製造販売するエビ味噌とクロイチジクジャムの製造所にもなっています。マンパワーさえあれば稼働率も上がりますが、そこが少子高齢化、若年人口減少にあえぐ地域の課題でもあるのです。

石文化運動公園のモニュメント

つづいて、カレイ山展望公園を視察しました(地名のカレイの語源は涸れ井で、水が涸れやすいという意味)。同じ大島・吉海地域の亀老山展望公園と違い、登山ルートの市道整備が行き届いていない印象を受けました。亀老山が大型バスでもアクセスがスムーズな観光道路に対して、カレイ山は採石業者のダンプカーが往来する少し危険な産業道路といえます。重量のある車両が往来することで道路の各所で陥没が見られ、また道路脇の草木が伸張することで道幅も狭く感じられました。展望公園についても、マンパワー不足でかつてほど管理が行き届いていないように感じました。そこへ学生ボランティアを入れたいと考えており、今回はその下見も兼ねていました。


カレイ山展望台(眼下に能島城跡)

ちょうどお昼時に訪ねたので、展望台そばで営業するカフェ「遠見茶屋」にも立ち寄りました。この施設は、今治市から同公園の指定管理を任された能島の里が、設計から建築まで、独力で整備したカフェとなります。有名なソムリエがレシピを考案した〝カレイ山のカレー〟が、過去に全国放送のテレビなどで何度も取りあげられ、話題となりました。会員がスタッフを務め、4月から11月末まで土日・祝日営業、カレーは1日25食限定でやっていましたが、コロナ禍で営業休止に追い込まれ、スタッフの高齢化がこれに加わって、営業再開ができなくなっていました。その後は地域おこし協力隊の力を借り、現在も能島の里会員で元地域おこし協力隊の青野右京氏が土日月の週3日間の営業でキーマカレーとドリンクなどを提供しています。フロアには、大島石テーブルが5つ並び、開放的な雰囲気を醸し出すため、海側には壁も窓もありません。同所からの眺めもご馳走というコンセプトが見てとれ、学生たちからも感嘆の声がありました。こちらでのインターンシップを視野に入れたいと感じました。

遠見茶屋


2026年7月21日火曜日

授業紹介「地域活性化論」櫓漕ぎ体験と着付け体験(7月16日)

 7月16日の「地域活性化論」(大成経凡先生)は、31名の学生を引率し、今治市大島・宮窪町の村上海賊ミュージアムを訪ねました。学生の国別内訳はミャンマー22・日本8・中国1で、引率教員は3でした。旧宮窪町は、村上水軍のまちづくりで成功した自治体で、水軍ふるさと会(現、NPO法人 能島の里)という伝説のまちおこしグループが、今日の水軍レース大会や村上海賊ミュージアム(旧村上水軍博物館)の礎を築く際に大きな力を発揮しました。もともと漁業と大島石の採石業がまちの基幹産業でありましたが、これに日本遺産の村上海賊ヒストリーの観光業が加わることで、少子高齢化の島しょ部の中で異彩を放っています。

 今年で水軍レース大会は第31回を迎えますが、「めいたんプロモーションクルー」は4年連続の出場となります。過去3大会は〈一般の部B〉に出場し、前大会は決勝進出まであと一歩というところでした。今大会は、初めて〈女子の部〉にチームを送り出します。〈女子の部〉は参加チームが少ないことで、決勝に進出する可能性が高いのです。1位20万円・2位5万円・3位3万円という賞金にも目がくらみますが、地域イベントへ参加することで〝めいたんここにあり!〟を示すことこそ大事と考えております。毎回、同窓会のくすのき会様より差し入れがあり、大いに励みとなっております。

 参加チームには、本番まで2回の練習が認められることで、いつも本授業を通じて1回目の練習を行っております。ただ、この日はレース出場予定者が3名しかいなかったことで、希望者には和船の櫓漕ぎ体験を楽しんでもらうことにしました。乗船する小早船(こばやぶね)は、村上海賊が戦国時代に使用した快速船を復元したもので、5本の櫓を10人で漕ぎ、ほか2人は竿持ちと舵取りとなります。櫓漕ぎは簡単ではありませんが、宮窪漁協の職員が指導してくれるため、筋のいい学生は30分も漕げばコツをつかめます。炎天下のなか、約20人が宮窪港内で海賊気分にひたることができました。


櫓漕ぎ体験


 櫓漕ぎ体験をしない学生は、博物館で甲胄と小袖の着付け体験に挑戦。博物館職員のご厚意で、本来なら1団体4人までのところを、多文化共生や教育的配慮から時間の許す限り対応いただけました。本当にありがとうございました。展示の見学もしましたが、多くの学生がミュージアムショップの虜となりました。村上海賊の書籍やグッズも魅力的でしたが、アイス・ソーダーなどの飲食で至福の時を過ごす学生の姿が印象的でした。ミュージアムショップの充実は、博物館運営では大切な要素で、収益をあげる工夫が感じとれました。

着付け体験


 炎天下の学外授業ではありましたが、熱中症で体調を崩す学生はいませんでした。漕ぐ学生にはタオルと水を用意し、時間調整はエアコンのきいた博物館ロビーやミュージアムショップで過ごしてもらうことにしました。今月26日の水軍レース本番では、ボランティアスタッフで参加する学生が7名もいます。競技を楽しむ側、大会運営を支える側の双方で、今治市の夏の海の祭典を盛り上げたいと思います。






2026年7月17日金曜日

授業紹介「地域活性化論」グリーンツーリズムで玉川へ(7月9日)

 7月9日(木曜)午後の「地域活性化論」(大成経凡先生)は、39名の学生を引率し、今治市玉川町龍岡上の「森のともだち農園」(森譲寛代表)へ参りました。本学からだと、バスで30分弱の距離です。国別内訳は、日本9・中国1・ミャンマー29、引率教員3でした。もうすっかり恒例となった夏季の同園訪問ですが、目的はグリーンツーリズムです。平成17(2005)年1月に広域合併で誕生した今治市は、海あり山あり島あり…と多様性があって、その山の自然の魅力がたっぷりつまった場所が「森のともだち農園」なのです。玉川ダムより少し上流にある、国道317号沿いの秘境であります。

 これまでは梅雨明けのブルーベリー狩りをねらい、前期授業最後の学外授業でしたが、2年前から様相が一変。猛暑に耐え切れず、農園に隣接するキャンプ場へ移り、涼をとることに。すると、留学生たちがそばを流れる川の虜となってしまいました。小さな滝つぼは、男子学生が飛び込む絶叫スポットに。しかし、この日は梅雨の雨で水嵩が増し、流れが強いことから滝つぼを断念。そこで、流れの緩い安全な場所にねらいを定め、水着持参のミャンマー女子学生たちが泳ぎ始めました。現地は〝森の中のせせらぎ〟といった印象ですが、留学生たちの目には母国の原風景に映ったのかも知れません。履修生以外に参加した8名はリピーター(昨年度履修生)で、まさに川遊びがお目当てでした。





 キャンプ場に到着した最初の30分間は、川遊びやBBQコンロの準備に時間をとり、その後で竹パン焼き体験、BBQへと移っていきました。いざ〝食べる〟となると民族性がでるのか、それとも数が勝るのか、BBQでは留学生の勢いが勝り、日本人や中国人は控えめに…。そこは大成先生がうまく指揮をとり、肉(主にチキン)が全員に行き渡るよう配分。飲み物についても、紙コップには名前を書かせ、ゴミも指定場所に入れるよう指示して、集団行動の規律も学びの要素としました。全体が見えている学生は、大成先生の手伝いを積極的に買ってでました。授業である以上、楽しみの中に節度も重んじ、お世話いただいた園主への感謝の気持ちも忘れず、今治の山間部の魅力を知ってもらえたなら幸いです。


竹パン焼き

川遊び

 次週は、島と海を楽しむグリーンツーリズムを予定。水軍レースの練習も兼ねて、和船(小早船)の櫓漕ぎ体験を行うグループと村上海賊ミュージアムで鎧・小袖で着付け体験を行うグループとに分かれ、〝今治を学びのフィールド〟にした体験学習に励んでもらいたいと思います。


 


2026年7月16日木曜日

授業紹介「日本を学ぶⅠ」ミャンマー・日本の交流の架け橋②(7月8日)

 ミャンマー・日本の交流の架け橋②(7月8日)

➀につづき、2組目のゲストは、昨年12月の「日本を学ぶⅡ」(大成経凡先生)にもご登壇いただいた今治市在住の小川典子さんです。小川さんの実兄は、2007年9月のミャンマー反政府デモを取材中に治安部隊の銃撃で亡くなった今治市出身のジャーナリスト・長井健司氏(当時50歳)です。

その痛ましい銃撃事件から、もう19年がたとうとしています。一時は、その反政府デモが功を奏し、民主化に舵がきられたミャンマーでしたが、しだいに状況は悪化。今年になって軍総司令官が大統領に就任するなど、国内紛争はつづいています。そんな中で多くの移民が生まれ、若者たちの間では日本や韓国が留学先となっているようです。本学でも、現在290名の全学生のうち、97名(約33%)がミャンマー人留学生です。今回も、長井さんを悼むテレビ報道の動画を視聴し、学生たちに感想を求めましたが、言葉にはしづらかったようです。さすがに、今治市出身の戦場ジャーナリストの死によって、民主化を求めるデモが世界中に発信されたことは知らなかったようです。それでも、僧侶たちが起こしたその2007年のサフラン革命の歴史は知っていました。

小川さんの授業風景

この日受講した日本人学生5名の多くは19歳ですから、自分たちが生まれる頃にあった出来事は知るはずもなく、関心がなければこれから先も知ることはなかったでしょう。今治にいるからこそ、長井氏を通じて、戦争や紛争を身近に感じることができるのかも知れません。小川さんには、亡くなる直前までお兄さんが携帯していた遺品のカメラをご持参いただき、受講生たちが当事者意識をもって直面する課題を認識できるようご配慮いただきました。そして今回も、民主化を取り戻そうと、武器をもって親軍政府と戦う10代~20代のZ世代の若者たち(GZA/ジェネレーションZアーミー)のことが話題となりました。命をかけて戦う彼らに対して、申し訳ない気持ちの一方で陰ながら支援もし、ネットで寄付行為ができることを教えてくれました。アルバイトのお金の一部を寄付している学生もいるようで、これは今回の授業で大成先生らも初めて知りました。



小川さんからは、「兄の死を無駄にして欲しくなく、明るい未来は若者たちにかかっているから頑張って欲しい」という励ましの言葉が送られました。留学生たちも、平和が取り戻せたら本国へ帰りたいようで、それまでは日本で頑張りたいとのことでした。本授業の模様は、翌9日の愛媛新聞紙面に掲載され、同紙ネットニュースでも報道されました。映画監督の小田大河さんによる撮影も、視聴できる機会をつくりたいと思います。今年は、長井氏の命日の9月27日に、ミャンマー人留学生と日本人学生の有志をともなって墓参をしたいと思います。


長井健司氏の遺品カメラ


2026年7月15日水曜日

授業紹介「日本を学ぶⅠ」ミャンマー・日本の交流の架け橋①(7月8日)

 7月8日(水)午後、「日本を学ぶⅠ」(大成経凡先生)はゲスト講師2組をお招きし、太平洋戦争史や反政府デモを題材にしながら、ミャンマーと日本の交流の架け橋について考えることにしました。本科目の履修生は46名中38名がミャンマー人ということで、日本(今治)とミャンマー双方にとっての身近な話題を取りあげることとしました。当日は43名の学生が出席し、国別内訳は日本人5名・ミャンマー人38名でした。また、この日の授業の様子を記録するため、来年度から地域未来創生コースの映像授業の非常勤講師を務める映画監督・小田大河さんも同席しました。

 1組目の講師は、今治市関前地区の元地域おこし協力隊・今里拓哉さんです。今里さんは今治市へ移住する前は兵庫県に住み、ミャンマーと関わりのある仕事をし、定期的に同国を訪ねています。今回はその話ではなく、今里さんの祖父・今里淑郎さん(1922~2018)についてでした。淑郎さんは太平洋戦争末期に通信兵としてビルマ戦線を転戦し、多くの戦友の死を目の当たりにしています(ミャンマーの旧国名がビルマ)。1945年2月のメイクティラの会戦では、同じ部隊の兵士約400名が亡くなる中、祖父は奇跡的に助かった2名のうちの一人で、一時捕虜となるも翌年7月に日本へ帰還を果たすことができました。

今里さんの授業風景

 ミャンマー人留学生は、太平洋戦争史(1941年12月~)を母国の学校で学んでいます。最初は英国の植民地であったが、日本軍の力を借りて英国軍を1942年7月に駆逐したことを知っていました。そして、一時的に1943年8月に独立を果たすも、その政府は日本軍の傀儡(かいらい)政権に過ぎず、再びアウンサン将軍らが連合軍と共闘して1945年5月に日本軍を駆逐し、改めて英国から1948年1月に独立を果たします。同席した日本人学生たちは、誰もそうした歴史を知りませんでした。ですから、アウンサン将軍(1915~1947)が〝ビルか建国の父〟であることも知らなければ、その長女でノーベル平和賞を1991年に受賞したアウンサンスーチー女史のことも知りませんでした。


慰霊碑の説明


 一方、淑郎さんは、戦後しばらくたって戦友の死を悼み、1978年2月にメイクティラに慰霊碑を建立しています。また、1999年2月にはヤンゴン日本人墓地で、日英の戦没兵士の慰霊祭を英国人らとともに執り行うなどしました。そういう思いが、2006年にはミャンマー上座僧の資格取得にもつながりました。今回、今里さんをゲストに招いたのは、その慰霊碑が風水害で損壊したことから、新たな慰霊碑を今年2月に建立することとなり、孫としてその記念式典に参加した経験談を話して欲しかったからです。これに先立ち、1月には本学ミャンマー人留学生2名と今里さんのお子様らが交流し、ミャンマー文化の事前学習をしています。式典には、お子様とその友達も同行し、現地の寺院で異文化交流の催しも開かれました。その動画と写真を披露下さいましたが、それを懐かしく感じたのが、ミャンマー留学生の表情が和らいでいくのを感じました。


小田さんのインタビュー

 両国にとって、戦争史を触れようとしない選択肢もありますが、取りあげる事例によっては交流の架け橋につながっていく可能性を感じることができたように思います。



2026年7月8日水曜日

地域未来創生コース 授業紹介 「地域創生探究Ⅰ」 日本食研宮殿工場を見学(7月3日)

 「地域創生探究Ⅰ」(大成経凡・小林裕一郎先生)は、地域未来創生コースの学生のみが受講できる同コースの必修科目です。これまで、中心市街地の現状視察やタオル会社の企業視察、しまなみ海道サイクリングなどを体験して参りました。また、これを補完するため、同コース必修科目「地域活性化論」(大成経凡先生)の中でBEMAC(株)・今治造船(株)などの海事産業の視察、大角海浜公園や亀老山展望台などの風光明媚な観光名所の散策を行いました。これらを受けて、今治を代表する全国区の食品メーカー「日本食研」の宮殿工場見学をしたいという学生の要望に応え、クリエイティブヒルズにあるシェーンブルン宮殿工場を訪ねることになりました。


シェーンブルン宮殿工場

 日本食研といえば、〝味の作曲家〟のキャッチコピーにもあるように、市販されている〝宮殿〟などの食用タレ以外に、業務用のブレンド調味料の食品メーカーで有名です。今治市名誉市民でもある同社大沢一彦会長が一代で築き上げた企業で、その企業理念は工場見学の際にシアターやガイドの説明から学ぶことができました。いたる所で同社キャラクター〝バンコ〟ちゃんをお見かけしました。本学と同社は包括連携協定を結んでいるため、本学の来学型5月オープンキャンパスでも着ぐるみが出演し、参加者を楽しませてくれました。

バンコ・カンコ・サンコの3頭の牛たち

 今治市内に同社の宮殿工場は2つあり、本社は織田が浜そばのKO宮殿工場にあります(KOは大沢会長のイニシャル)。KO宮殿はベルヴェデーレ宮殿を模したもので、両宮殿はオーストリア・ウィーンに実在する世界遺産でもあります。今回は産業観光の側面が強く、一度訪ねることで得られる情報は多分にありました。まず、ガラス越しに生産ラインを眺めることができ、自動化された設備に驚くとともに、ものづくりにかかわる従業員の姿も可視化できました。大成先生の大好きな〝食研カレー〟は、同工場で製造されていました。生産ラインの一部では、障がい者の方々が働くところもあり、子会社の日本食研スマイルパートナーズ(株)がこれにかかわり、企業の社会貢献を知る機会にもなりました。

 見学中、一同から歓声があがったのは、6階の社員食堂のメニューと展望デッキからの眺めでした。食品メーカーだけに、美味しそうなメニューをお手頃価格で味わうことができるようです。今回訪れた時間帯には、調理師の方がランチタイムに間に合うよう、黙々と作業に励んでいました。展望デッキは癒やしそのもので、快適なランチタイムは福利厚生の良さにつながっているようにも感じました。


展望デッキ

 後期の授業では、同じく今治市に本社をおく全国区の食品メーカー、伯方塩業(株)大三島工場の視察も予定しております。学生たちにはどんどんと視野を広げ、職業意識を高めてもらいたいと思います。


2026年7月6日月曜日

授業紹介 「マーケティング論」市役所産業振興課 出前授業

 6月19日の「マーケティング論」の授業では、地域活性化とマーケティングについて学ぶため市役所産業振興課の職員をお招きして、今治の産業と課題について講演していただきました。国際観光ビジネスコースと地域未来創生コースの学生62人が参加し、今治の産業であるタオルと造船についてや、中心市街地の抱える課題について耳を傾けていました。これに先立ち、6月7日に商店街見学を行っており、現状とこれからの今治について考えることができたと思います。また、大成先生の「地域活性化論」を受けている学生は、前日に今治造船(株)の本社工場の見学をしており、今治と造船について理解できたのではないかと思います。留学生をはじめ今治市外からの出身の人が多いため、今治を知ることができる機会になったのではないでしょうか。









2026年6月25日木曜日

授業紹介「地域創生探究Ⅰ」「コミュニケーション学」しまなみ海道でサイクリング体験(6月19日)

 6月19日(金曜)の「地域創生探究Ⅰ」(大成経凡先生)と「コミュニケーション学」(小林裕一郎先生)は、梅雨空の曇りの中、両科目が合同でしまなみ海道のサイクリングに挑戦しました。参加した学生は10名いて、内訳は地域未来創生コースの日本人4名と国際観光ビジネスコースのミャンマー人6名となります。アテンド役は、ご当地検定「いまばり博士」監修者であり、しまなみ地域通訳案内士の講師をつとめる大成先生ですから、頼もしい限りです。10名はサンライズ糸山でクロスバイクをレンタルし、来島海峡大橋を経由して大島の道の駅「よしうみいきいき館」を折り返す往復約9㌔のコースを走破しました(タイムリミット2時間)。


サンライズ糸山から出発!


 意外ですが、今治市民であっても来島海峡大橋のサイクリング未経験者は多く、これまでも授業の一環で学生たちに体験させたことがありました。ここ2年余りは、留学生が増えたこととレンタサイクルの費用が値上がりしたことで(1台3,000円)、履修生40人前後の大成先生の科目「地域活性化論」「地域交流演習」では体験ができませんでした。そうした中、新コースの「地域未来創生コース」が誕生したことで、サイクリングガイドも視野に入れた少数精鋭での体験がかないました。これに、日本語上級クラスの留学生をミックスさせ、お互いが国際交流の親睦を意識したサイクリングを心がけるようにしました。



 ふだんは、学外授業で市内島しょ部へ行く際に来島海峡大橋(3つの橋桁からなる吊り橋)をバスで走行しますが、車窓から眺めていたサイクリストたちに、今度は自分たちがなる番です。第2・第3大橋の橋桁の高さは海面から65㍍もありますから、地上から橋桁までのぼるスロープでは脚力を使います。留学生たちは、ふだんの交通手段がシティサイクルですから、タイヤが細く、変速ギアのクロスバイクなら楽々のぼれたようです。むしろ、自転車に乗らない日本人学生(徒歩&自家用車通学)の方が苦労している印象を受けました。当初は、糸山公園から大島までは、馬島バスストップ付近で休憩を1回だけ入れるつもりでした。しかし、各自の体力面を考慮し、途中で海上自衛隊艦船や大型コンテナ運搬船など、立ち止まって見たら楽しめそうな被写体を見つけたら休憩を入れました。マイナスイオンの潮風を浴びながらの空中散歩は、とても爽快に感じられたようです。


来島海峡大橋をサイクリング


 さすがに夏ですから暑かったです。海峡大橋では、ヘルメット着用が定められていますから、汗をかきました。よしうみいきいき館では、ソフトクリームやソーダ水で涼をとり、少しだけ旅行気分を味わいました。インバウンドのサイクリストにもすれ違いました。復路は疲れを感じながらの走行となりましたが、学生たちは好奇心の方が勝っていたように思います。サンライズ糸山へ戻った後は、将来的にリゾートのコテージなどが建つ場所を下見した後、海岸の砂浜に降り立って海峡大橋を下から眺めました。海峡大橋の下は航路にもなっていますから、通航する船舶を見て、改めて来島海峡が1日約500隻の船が通る海上交通の要所と感じたしだいです。帰校の車中で、「これまでの授業の中で、今日が一番楽しかった!」と感想を述べる学生がいました。一度は雨で順延になりながらも、催行できて本当に良かったです。


橋の下を通過する大型船


2026年6月24日水曜日

授業紹介「地域活性化論」今治造船㈱ 本社・今治工場見学(6月18日)

 6月18日(木曜)の「地域活性化論」(大成経凡先生)は、30名の学生が今治造船㈱本社・今治工場を視察で訪れました(日本9・中国1・ミャンマー20)。同社の工場見学は今年で5年目となります。前週は、同じく海事産業の舶用機メーカー・BEMAC㈱の本社・みらい工場を見学しました。

 業界1位の建造量を誇る今治造船(通称名/イマゾウ)は、今年1月に業界2位のJMU社(ジャパンマリンユナイテッド)を子会社とすることで、国内シェア約51.5%、世界シェア約7.2%に躍進を遂げました。それでも、世界的にみれば1位の中国・2位の韓国から大きく水をあけられており、かつて日本が世界1位だったことをふまえると、看過できないものがあるようです。日本政府も、国家の成長戦略として、わが国の造船業界の復権を目標に掲げており、リーディングカンパニーである今治造船の果たす役割はますます大きくなっています。


ドライドックで建造中の大型船


大成先生のねらいは、日本最大の海事都市・今治市のものづくりの現場を見て、今治だからこそ学べる環境に感謝し、職業観の醸成に生かして欲しいという思いがあります。あえて進水式や記念イベントではない、平日の作業現場を見ることで、得られる気づきがあると考えています。まず、説明の声が聴きとりづらいほど、金属音や機械の動く音などが工場内にこだまし、塗装や溶接のにおいなど、五感で感じとれるものが多々あります。安全のためヘルメットを着用しますが、梅雨時期とあって、やはり蒸し暑く感じられました。社員の方曰く、「暑さはこれからが本番です!」とのことで、現場を訪ねないと分からない発見がいくつもありました。

工場内に据え置かれたブロック


報道機関の取材もありました。今年は読売新聞と毎日新聞が帯同し、読売新聞が翌19日の紙面地方欄、毎日新聞も翌19日にデジタル記事(ヤフーニュース)が掲載されました。コメントしたミャンマー人留学生によると、すべてが初めて見る光景で、鉄板を曲げて流線型とする技術や二酸化炭素の排出量を減らす次世代型燃料船開発への挑戦に驚いた様子でした。工場見学後の質疑応答では、日本人学生から、「香川県の御社工場で全長600㍍のドックが出来たと知りましたが、これは600㍍の船を造るためでしょうか」については、「当社の建造船は、全長約400㍍のコンテナ船が最大サイズです。そのドックは1隻造っている船の後方で、次の船のエンジン回りの主要ブロックを建造し、スピード化をはかるためのものです」というものでした。


5年つづけて見学することで、造船業界の変化も冒頭の企業VTRを見ながら感じとることができました。学生たちの第一印象としては、とにかく船のサイズが大きいということでしょうか。東京ドーム約3個分の今治工場では、約1ヶ月ごとに進水式を行っており、進水式を終えた船は船主への引渡式までは艤装岸壁に係留し、機器類等の最終調整を行います。今回は全長約200㍍の大型船バルクキャリア(ばら積み運搬船)が係留され、これをバックに記念写真を撮影しました(厳密には199㍍。200㍍を超えると巨大船という)。波止浜湾には、同社で建造された船だけでなく、ほか4つの造船会社(浅川造船・檜垣造船・矢野造船・新来島波止浜どっく)で建造された鉄鋼船も係留されています。また、建造中の光景が、水門や対岸の道路、観光桟橋などから間近で観察することができ、産業観光の魅力も備えているのです。その光景を地元では〝造船長屋〟と称し、海事都市・今治を象徴する場所にもなっています。学生たちには、工場見学の後は波止浜湾で産業観光を楽しんでもらいました。シュールな光景ですが、それが今治市の日常でもあり、夕方5時を過ぎると退社した工員が家路に急ぐラッシュの光景は圧巻です。ラッシュに巻き込まれては困るので、一行は波止浜観光桟橋を17時の終業サイレンと同時に離れることとしました。

 


2026年6月22日月曜日

授業紹介 「マーケティング論」 商店街見学 6月7日

6月7日(日)に、国際観光ビジネスコース・地域未来創生コースの学生60人がマーケティング論の商店街の活性化と現状の授業として、今治銀座商店街に行きました。本来は商店街から今治港まで行く予定でしたが大雨のためアーケード内の見学のみとしましたが、人通りの少ない商店街を見て、母国とは違う現状に驚いている留学生もいました。地域未来創生コースのみなさんは、今治の課題についても理解できたのではないかと思います。6月19日には市役所の方に来ていただいて、今治の産業や地域について講演してもらう予定です。









2026年6月16日火曜日

国際観光ビジネスコース 地域未来創生コース  コースセミナーで就職対策講座③(6月8日)

 6月8日(月)午後、3週連続となる「国際観光ビジネスコース&地域未来創生コース」合同の就職対策講座をコースセミナーで開催しました。今回も日本人と留学生とを分けて実施し、国際観光ビジネスコースの留学生約150名は大講義室でアナウンスハウス松山合同会社の代表・福井一恵先生を講師にお迎えし、「話し方スキルアップ!」のテーマで、ご講話をいただきました。両コースの日本人学生8名は、331教室で本学キャリア支援委員会の大成経凡先生が就職活動の心構えやビジネスマナーを講義し、就活中で面接試験を控えた2年生については個々に合わせた相談にも応じました。



福井先生の講話では、就職のために必要なビジネスマナーの中でも挨拶に重点をおき、感じのいい話し方についてご指南いただきました。まずは、先生自らが挨拶の良い例、悪い例や母音の発声のお手本を実演し、それに倣って留学生も良いお手本を実演しました。母音の発声を〝はっきり〟〝ていねい〟にしないと、相手に正しく聞き取ってもらえないとのことです。お辞儀の練習も行いました。



面接試験に向けては、〝自分を整理する〟〝志望動機を整理する〟ことが大切で、また、良い印象を持ってもらうためには、自分の経験などを具体的に例に挙げ、自分の考えをまとめて話すことが望ましいとのことでした。面接官から分からない質問をされた時には、「わからない」と素直に伝えても大丈夫で、「これから調べたい」「勉強していきます」など、分からなくても前向きな姿勢を見せることが必要とのことでした。




まとめとして、「企業は、面接でその人の〝人柄〟〝熱意〟〝今後の可能性〟を見ている。分かりやすい発声で、自分のことを詳しく答えられるようにしましょう」と励ましのお言葉をいただきました。本学では、日本人同様に、留学生たちの中からも1次の書類選考をパスし、2次の面接試験を受けようとする学生が見られるようになりました。そのため、両コースでは当面のコースセミナーで就職講座を連続実施し、学生のニーズに対応できるよう努めて参りたいと思います。



2026年6月11日木曜日

クラスマッチを開催(6月6日)

 6月6日(土曜)午前中、本学体育館で学友会主催によるクラスマッチを開催しました。

学友会とは、高校でいう生徒会のことで、1年に1度、総会と各学科コースの親睦交流を兼ねたクラスマッチを開催しています。どんな競技をするのかは、各学科コースで選ばれた学生代表が協議して決めますが、今年度はバトミントンになりました(昨年度はソフトバレー)。


国際観光ビジネスコースや介護福祉コースに留学生が多いことから、より多くの学生が楽しめるスポーツとする必要があります。男女混合でチームを編成するため、体格差や体力差に配慮する必要もあり、ハッスルプレーでケガをする学生もいるため、今回は介護福祉コースの渡邉先生を中心に救護面を強化しました。ウォーミングアップは、日本文化のラジオ体操でした。


バトミントンにしたことで、中国・インドネシアの留学生たちの中に、これを得意とする学生がいました。バトミントン部に所属経験のある日本人も活躍していました。競技ルールは、各コースでペア3チームが出場し、1チーム・ダブルスペア3組での対抗戦としましたので、選手だけで90名が参加です。1試合10分制とし、攻守がどんどん入れ替わる中、歓声が場内に響き渡りました。





幼児教育学科1年生は、お揃いのТシャツを身にまとい、闘志がみなぎっていました。地域未来創生コースは4名しかいないため、全員が選手として出場し、運動が苦手な学生も、和気あいあいと楽しめていたように思います。地域未来創生コースで足りない14名は、国際観光ビジネスコースから助っ人を借りました。一方、出場しない学生は応援に回り、仲間のハッスルプレーに声援を送っていました。


全学生が一同に居合わせる機会はなかなかなく、他コースにどんな学生がいるのか、プレーを通じて知ることができたように思います。優勝は国際観光ビジネスコース、準優勝は幼児教育学科でした。クラスマッチを主催した学友会のみなさん、また、参加した学生のみなさん、お疲れ様でした。




2026年6月9日火曜日

国際観光ビジネスコース、地域未来創生コース コースセミナーで就職対策講座②(6月1日)

  6月1日(月曜)午後、2週連続で国際観光ビジネスコースと地域未来創生コースの就職対策講座を開催しました。前回は日本人と留学生それぞれに対応したテーマで教室を分けて実施しましたが、今回は両コース合同で大講義室に約200名が集い、2社の企業説明(それぞれ30分ずつ)を受けました。




 最初は、全国でホテルやゴルフ場の事業を展開するリソル株式会社の松井康敏採用担当部長から、事業概要や職務内容をご説明いただきました。リソル社では、近年増えた外国人宿泊客に対応するため、外国人従業員のスカウト活動にも注力しています。全国には、本学以外にも留学生の多い短大があり、注目しているようです。採用にあたっては、やはり日本語能力試験N2取得は基本となってくるようで、ホテル就職を考えている留学生たちは、ホテルの勤務内容や給与・福利厚生の待遇条件を聞いて、刺激になったように思います。都会のホテルの就職希望を口にする学生も散見でき、早速、企業説明終了後に5名のミャンマー人留学生が松井部長らと面談し、採用試験に必要な提出書類等の説明を受けました。



 つづいて、今治市の大三島でホテル事業などを経営する株式会社わっか(WAKKA)の村上あらし代表から、自社の事業概要や職務内容のご説明を受けました。WAKKAは、しまなみ海道を代表する総合ツーリズム施設として知られ、多々羅大橋を望む抜群のロケーションのもとでグランピングの宿泊施設やカフェ、サイクリングサービスの運営などを行っています。村上代表自身がしまなみ海道に心酔して移住したとあって、その魅力を詰め込んだオプションのアクティビティ(無人島体験、サイクリング)が宿泊者に好評のようです。そんな地域の特色を生かした観光サービスが高く評価され、昨年12月には「第5回日本サービス大賞」で地方創生大臣賞を受賞しました。同社では、インバウンドの宿泊者が多いことから、英語力に長けた人財を求めていて、すでにネパール人など数か国の外国人を雇用しています。フロント業務での英会話や英文の問い合わせメールに対する返信など、事務作業の中でどうしても英語力が求められるとのことでした。そして早速、こちらも企業説明終了後、ミャンマー人留学生1名が英語で個別面談し、ネパール人留学生は男女11名がまとまって英語で質疑応答を行いました。村上代表によると、寮の確保ができしだい従業員の募集を行うとのことで、本学の留学生に期待していました。




 日本人学生については、全国展開するホテルグループと地元密着型のホテルとを比較し、観光業に対する理解が深まったことと思います。次回は、面接対策講座を予定しております。


2026年6月5日金曜日

授業紹介「地域活性化論」今治タオルのショップめぐり(5月28日)

   5月28日(木曜)の「地域活性化論」(大成経凡)は、今治市を代表する地場産業〝タオル業〟を学ぶべく、市内のタオルショップ2か所を学外授業で訪ねました。参加した学生は28名で、国別内訳は日本7・中国1・ミャンマー20となります。前回の授業(座学)では、今治タオルが国内産シェア日本一(5~6割)であることや、ブランディングによって低迷期からV字回復を遂げたことなど、現況について簡単に解説を行いました。産地のブランド化で大きな役割を果たしたのがクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏で、以後はメーカーごとでの自社ブランドの開発が進んでおります。

 今回は、今治有数のタオルメーカーであるコンテックス(株)の直営店〝コンテックスタオルガーデン〟(今治市宅間)を訪ねました(同社と本学は包括連携協定を締結)。同店の特徴は、本社・工場敷地内にあるレンガ造平屋の旧織物工場をリノベーションした点にあります。ノコギリ屋根の形状は採光に配慮したもので、昭和20年代に建造された昭和戦後の時代を感じさせます。同社2代目の近藤憲司(後の日本タオル工業組合連合会理事長、今治商工会議所会頭)は、若かりし頃〝経営の神様・松下幸之助〟のもとで働いた経験があります。しかし、家業のタオル工場を継ぐべく松下電器産業を辞め、昭和24(1949)年に乃万村へ帰郷しました(そのご縁などで、コンテックス敷地内に松下幸之助の銅像がたつ)。そして、昭和27(1952)年に社長に就任し、この新築したノコギリ屋根工場でタオル製造を始めることとなります。高度成長期には、この工場からたくさんのタオルが製造されたわけですが、令和時代の今も取り壊すことなくショップとして使い続けているのです。モノを大切にする社風を感じさせ、眞子内親王が平成29(2017)年の愛媛国体の際、同社工場およびショップをご視察される栄誉にも浴しました。

コンテックスタオルガーデン

コンテックスタオルガーデン(外観)


 学生たちには、そうした歴史背景の詳細は説明しておらず、地域活性化の視点から、リノベーションした旧織物工場の建屋に注目してもらいました。レトロ感ある建物が同社のタオル商品とうまくマッチングしているように感じました。同社の商品は、ベビー用品やサウナタオルがとても人気で、その場で刺繍のサービスも行ってくれます。出産祝いなどでは、赤ちゃんの名前入りを贈ると、とても喜ばれるようです。早速、ミャンマーからの留学生が、彼氏のためにタオルハンカチを購入し、刺繍(別途料金)をお願いしていました。ハンカチだと500円ほどで購入できるため、高品質の今治タオルは刺繍も入るとお得感(特別感)があります。

 つづいて、今治タオル工業組合の事務所にもなっている〝テクスポート今治〟(今治市東門町)を訪ねました。現在70社近い組合員がいるとのことですが、その組合員の自社ブランド商品を同施設内のショップ「今治タオル本店」で購入することができます。コンテックスのように自社ショップを有するメーカーはむしろ珍しいといえます。ショップの内装デザインは佐藤可士和氏によるもので、とてもオシャレです。色とりどりの商品があり、学生の目が輝いていました。休日は県外ナンバーの車両がよく停まり、お土産や贈答用に買っていく光景を見かけます。店内で注目して欲しかったのは、白を基調とした商品の陳列棚です。各メーカーがバスタオルやフェイスタオルを自社の技術・デザイン力を生かして製造し、自社の感性で価格をつけています。最も高いバスタオルは、4万円弱の大成タオルでした。つまり、高いのには訳があり、そこは各メーカーのこだわりを感じることができるのです。

今治タオルLAB


 ショップに隣接する実験棟「今治タオルLAB(ラボ)」にも立ち寄りました。そこでは、実際にジャガード織機の実演を鑑賞できます。職員の解説で、どのような仕組みでタオルが織られているのかを学びました。今治タオルの吸水性を試す実験〝5秒ルール〟も、2名の学生が体験をさせていただきました。
現在、本学では中国人とベトナム人の卒業生数名が、今治のタオル会社に通訳業務で勤務しております。引き続き、地場産業の視察を通じて、学生の職業意識の醸成につなげて参りたいと思います。


今治タオル本店


2026年6月3日水曜日

授業紹介「日本を学ぶⅠ」朝倉地区の古墳巡り(5月27日)

 5月27日(水曜)の共通教育科目「日本を学ぶⅠ」(大成経凡先生)は、44名の履修生(日本5・インドネシア1・ミャンマー38)を引率し、前回に引き続いて今治市内の古墳めぐりです。小雨混じりの中、笠松山麓の朝倉・野々瀬地区を訪ねました。


前回は前方後円墳の妙見山古墳(国指定史跡)でしたが、今回は円墳の野々瀬古墳群と樹之本古墳を訪ねました。野々瀬古墳群については、狭い範囲に集中して分布する群集墳として知られ、約20基が現存しています。7世紀前半に築造されたものと推定され、大成先生からは〝14 hundred years ago〟の英語が解説用語として飛び交いました。

野々瀬古墳群の中で見学に最適な円墳は、五間塚古墳(市指定史跡)と七間塚古墳(県指定史跡)となります。名称の〝間〟は長さの単位を意味し、1間が約1.8㍍にちなんで直径の大きさで命名されたのでしょう。五間塚古墳は、実際に横穴式石室の中に大人が立ったままの状態で入ることができ、中の石組みを観察することができます。最近のスマホはライトが点灯することで、学生たちは古代人の卓越した土木造成技術を知ることができました。大成先生が若い頃はコウモリに遭遇することもあったようですが、近年は見かけなくなりました。かつては野々瀬地区だけでも100基近い円墳があったようですが、昭和戦後の食糧難時代の開墾によって失われたようです。


五間塚古墳(外観)


昨年3月23日に発生した「今治市林野火災」は記憶に新しいところですが、この野々瀬古墳群の近くまで火の手が迫っていたことは、今でも周辺の焼け跡から想像がつきます(類焼面積約442㌶)。最近、一部エリアで復旧のための植林が行われ、苗木の添え木(白色)がよく目立っていました。学生たちには、地震以外に起こりうる災害について、自分事として捉えてもらえたものと思います。


五間塚古墳(内観)

帰路に、樹之本古墳(市指定史跡)にも立ち寄りました。少し離れた場所からの観察となりましたが、ここから大仙古墳(大阪府堺市/世界遺産)と酷似する青銅鏡が見つかったことを解説し、被葬者が古墳時代中期において今治地方で相当の実力者だったことを想像してもらいました。北の方角には来島海峡大橋の橋脚が遠望できることから、海にも影響力をもつ人物だったのかも知れません。樹之本古墳は周越道路沿いに所在しますが、関心がなければ通り過ぎて気づくこともありません。野々瀬古墳群については、現地を訪ねてみないことには、その魅力にふれることもできません。本授業では、履修生に留学生が多いことから、細かな歴史解説は控えるようにしております。まずは現地現場を訪ね、身近な地域史に関心を持つことで、日本の歴史文化に対する理解につなげてもらいたいと思います。


野々瀬古墳群(背景は林野火災跡)


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