2026年3月10日火曜日

「三津浜まちあるき講座」に参加して(3月1日)

 3月1日(日曜)午後、三津浜地区まちづくり協議会まちおこし部会主催の「三津浜まちあるき講座」が開催され、本学の大成経凡先生が講師を務めました。本イベントは今年で3回目となり、過去2回も大成先生が講師を務め、松山市三津浜地区の近代化遺産をめぐるまちなみガイドとして定着しつつあります。昨年は松山工業高校と第一学院高校から高校生3名の参加があり、今年は本学兄弟校のFC今治高校里山校から渡辺朔次朗君(1年生)の参加がありました。



ハーバーラウンジ三津浜

 本学で令和8年度から開講される地域未来創生コースは、三津浜地区を研修コースの一つに考えております。同じ港町の今治市中心市街地との違いは、空襲による被災を受けていないため、明治・大正・昭和初期に竣工した近代化遺産が多く残されていることです。例えば、集合場所の「ハーバーラウンジ三津浜」は、大正13(1924)年に竣工した木造二階建ての擬洋風建築で、港湾荷役などを請け負う山谷運送店(現、株式会社山谷)の社屋として建てられました。大成先生が座学をした2階の部屋は、荷役に従事する労働者〝沖仲仕〟(おきなかせ)の待機所だったと伝わります。

そして道路向かいには、同年に竣工した石崎汽船の旧本社ビル(伊予鉄グループ所有)があり、こちらは鉄筋コンクリート造二階建てです。当時の石崎汽船は、広島航路をドル箱とする旅客船事業で財をなしました。設計は木子七郎が手がけ、彼が手がけた松山市内の建築としては、萬翠荘(大正11年)や愛媛県庁舎(昭和4年)があり、いずれも二階建て以上の鉄筋コンクリート造でした。参加者17名は、いきなりこの海運業ゆかりの近代化遺産を特別に拝観することができ、石崎汽船旧本社ビルの屋上にも立ち入りを許されました。そこからの眺めは爽快で、参加者のテンションも爆上がりでした。


石崎汽船旧本社ビル

 ほかにも、国登録有形文化財の木村邸(明治期/個人所有)や旧鈴木邸(大正期頃/個人所有)の屋内見学、三津の渡しを渡って、石崎船渠の石垣ドライドック跡(大正期/オオノ開發所有)、新浜村塩田の塩輸送目的に貨車専用として明治31(1898)年に開業した伊予鉄港山駅などを大成先生の解説つきで見学。ふだん立ち入ることのできない建物を見学できる喜びと、何気なく見過ごしてきた建造物の由来を知ることで、その魅力にひたることができました。参加者の3分の1は地元住民でしたが、やはり知らないことは多いようで、三津浜にかつて賑わいをもたらした実業家や商人たちの営みを知ることで、愛郷心を深める機会になったようです。

石崎船渠ドライドック跡

 三津浜地区では、空き家を移住者に斡旋する取り組みも積極的に行われています。イベントを仕掛け、賑わいを生み出すグループもいます。今回の催しは、地元の魅力を知る学びの機会でもあり、周遊観光コースの提案にもつながっています。近い将来、大成先生は観光客向けのまちなみマップを作成したいようで、三津浜の渋沢栄一のような存在である「近藤正平・貞次郎父子」に関心を抱いております。近代化遺産については、例え価値があっても保存継承の困難に直面する建造物も多く、修理・維持等の支援制度の課題を抱えています。地域未来創生コースの学生には、町並み保存や観光振興の視点から、三津浜地区に足を運んでもらう計画です。一方、初めて三津浜を訪問した朔次朗君ですが、たくさんの知的刺激でお腹がいっぱいになったようです。食べ歩きもしっかりこなし、つけ麺の真中を訪ねただけでなく、蔵をリノベーションしたシェアキッチンでパンを購入していました。ちょっと足を延ばせば、伊予鉄梅津寺駅の「東京ラブストーリーのロケ地」も観光できます。近年、その付近の夕陽が韓国人旅行客に人気のようですが、地域未来創生コースの授業を先取りし、今回は朔次朗君にモニターツアーを体験してもらいました。


伊予鉄梅津寺駅


里山校生徒とまちなか歩き(2月21日)

 本学の兄弟校であるFC今治高校里山校(FCI)では、学園寮に住む生徒は3年生進級までに退寮し、住む場所を見つけて自律した生活を送るというきまりがあります。いよいよ1期生がこの4月から3年生を迎えるとあって、新たな拠点へ引っ越すこととなります。すでに退寮し、一人暮らしを始めている生徒もいるようで、空洞化が進む市中市街地もその候補地となってきます。

 里山校の生徒有志らでつくる団体「ノマド ネスト(Nomad Nest)」は、探究活動の一環でゲストハウスを生かした市中心街地の再生に取り組もうとしています。すでに顔なじみの商店街店主もいるようで、親交を深めながら信頼関係を築く姿をたのもしく感じております。そんなノマドのメンバーから、〝まちなかの歴史的な魅力について知りたい〟という相談が大成経凡先生のもとにありました。同じころ、NPO法人シクロツーリズムしまなみ(山本優子代表)からも、「せとうちみなとマルシェ」のにぎわいに波及効果をもたせるため、三輪自転車タクシー(輪タク)による周遊観光コースの相談がありました。コースとしては、はーばりー発着で商店街を抜け、今治城内堀を周回して内港沿いに戻ってくるというものです(市サイクルシティ推進協議会主催)。大成先生は、ガイドの解説文も監修することになりました。


三輪自転車タクシー(今治城内堀そば)


 2月21日(土)11:00〜15:30は、ノマド・メンバーらの声かけで集まった里山校生ら10名とはーばりー発着のまちあるき(1年前の同日、大成先生はFCI・1期生と今治城で学外授業を実施。ふだん立入禁止の犬走りに潜入している)。翌22日は、大成先生監修の自転車タクシーがみなとマルシェで実証実験(無料。15名乗車)。このタクシーは、次回は3月8日のみなとマルシェで、1日5組限定(無料)で運行予定とのことです。ノマドのまちなか散策では、自転車ガイドのコースと重なる部分もあり、現状のまちなかに残る歴史的魅力を、想像力をたくましくさせながら大いに堪能することとなりました。今治市中心市街地の約8割は、昭和20(1945)年8月の今治空襲で焼失した歴史があります。藤堂高虎が築いた城下町の景観は、今治市の近代都市計画(広小路整備と築港)と戦災復興都市計画で大きく様変わりしているのです。それらを理解しつつ、その変化や残されたもの、人物史などを織り交ぜて解説することがとても重要になってきます。


本町通りと「えびす市」 


 散策コースは以下の通りとなりました。はーばりー→徳冨蘆花歌碑→広小路の由来→今治港築港の由来→中渡島潮流信号所2代目腕木式信号機→美保海岸護岸→寺町(常高寺・円光寺など)→共栄町(白雅・今治ラヂウム温泉など)→本町&今治銀座(えびす市)→金星川(今治城外堀)→辰の口公園→今治城中堀跡→今治城内堀そば→内港→はーばりー。さりげなく見ていたものに、実は深い意味があり、片原町の旧大型フェリー埠頭にある2代目腕木式信号機は、潮流信号機としては日本で最後まで運用されて平成24(2012)年3月に廃止になったものです。サンライズ糸山にある初代については、明治42(1909)年8月から運用開始された日本で最初の潮流腕木式信号機となります。海上交通の要所ゆえ、また、海事遺産を大切に思う市民がいることで、そうした交通遺産が移築保存されていることを知ってもらいました。一同が特に驚いたのは、美保漁港に残された護岸石垣です。漁具の収納庫に隠れて気づきにくいですが、頑強な造りが積み方に見てとれます。これは過去に高潮被害を受けた後、卓越した土木技術者だった服部長七の指導監督で明治20(1887)年頃に築かれたものです。まだセメントが普及しない時代、〝長七たたき〟と称される人造石が護岸工事などに用いられました。後に、沖へ一文字波止を設け、この護岸の外を埋め立てて荷揚場としたことで、護岸の存在は薄れていきました。現在570mほどが残っているようで、平成13・14年度の愛媛県近代化遺産調査事業の際、地元漁師の依頼で調査にかかわった大成先生は、この護岸石垣に特別な思い入れがあるようです。今後は、誇れる近代土木遺産として活用が待たれます。


服部長七の護岸石垣 


そのような感じで、参加者との謎解きをまじえながら、まちなかの魅力散策は続きました。共栄町では、ご高齢の女性が一人で営むパン屋へ潜入。これは予定外でしたが、老舗店の中には、懐かしさを感じさせる、未来へ残したいお店がいくつもあります。ランチを食べた餃子専門店の白雅もその一つで、高校生たちが中心市街地とかかわることで、脚光を浴びる商店が増えてくるように思います。後継者がおらず、店じまいを考えている商店の中には、老舗の味を継承する若者が出現する可能性もあります。大成先生によると、本学で4月に開設される地域未来創生コースでも、市中心市街地再生との関わりを持ちたいとのことでした。


中渡島潮流信号所 2代目腕木式信号機


2026年3月6日金曜日

第8回 いまばり図書館フェスタに参加(2月14日)

2月14日(土)10:00〜15:00、今治市中央図書館で「第8回いまばり図書館フェスタ」があり、本学幼児教育学科・調理ビジネスコース・めいたんプロモーションクルー(プロモクルー)の学生が司会や出店、イベントの出し物などで賑わいにひと役買いました。


調理ビジネスコース


幼児教育学科

 今回は、調理ビジネスコースがバレンタインデー当日に合わせ、マカロンやクッキーといった焼き菓子を中心に出店。社会人学生の趣味を生かしたエプロンや手提げ袋の販売もありました。幼児教育学科は、岡田奈恵美先生と学生らが「ワクワク遊び時間」に出演し、親子と一緒に身体を動かす遊びで盛り上げてくれました。そして来場者の誰もが参加できる「熱くなれ! 今治魅力発見かるたに チャレンジ 」や「作って飛ばそう! 紙飛行機大会」などでは、本学プロモクルーの女子学生2名がMC役に抜擢され、若さハツラツで会場の雰囲気を盛り上げてくれました。今回参加した学生のほとんどは2年生で、卒業を1ヶ月後に控え、2年間の学びの集大成を発揮し、成長を感じとることができました。


MCのプロモクルー

 今年度は、今治市立図書館が開館して100周年の節目の年にあたります。そのルーツは、大正15(1926)年開館した今治市立明徳図書館にさかのぼり、現在は今治市立中央図書館以外に波方・大西・大三島にも市立図書館があり、市民の知る権利と生涯学習を支えています。そのメモリアルな年に、各館リレー形式で図書館フェスタを開催することとなり、そのイベント運営をFMラヂオバリバリが受託したことで、同局と包括連携協定を結ぶ本学に協力の依頼がありました。すでに大成経凡先生が同フェスタの第2回(大西)と第9回(波方)で、大西と波方のそれぞれの歴史文化について講演を行っています。


2026年3月5日木曜日

いまばり博士検定研修会に参加(2月14日)

 4月に開設される地域未来創生コースでは、1年生前期の必修科目(1単位)に「いまばり博士検定対策」があります。担当教員は大成経凡先生ですが、そもそも今治商工会議所が主催する今治市のご当地検定〝いまばり博士〟を監修するのが大成先生なのです。

 検定は1年に1回実施され、今年度は8月17日(日)に第16回検定が実施されました。短大生対象のカテゴリーには、初級編・中級編・上級編・プレミアム編の4コースがあります。本学の授業では、まず初級編合格を目標とし、1年生で不合格だったとしても、2年生で合格できるよう、2回のチャンスを有効活用して欲しいと思います。例年、本学の大学公開講座では、いまばり博士検定対策講座を「山の日」頃に開催しており、授業と合わせて受講すれば合格に近づくことでしょう。なお、プレミアム編については、上級編合格者しか受検できず、最短でも2年続けての受検が求められます。

 2月14日、そんなプレミアム編合格者を対象にした研修会があり、大成先生が講師となって大三島を散策しました。第16回の該当者は2名しかおらず、両名ともに対策講座を受講された方です。1名については2度目の合格で、その知識を生かすべく、今治地方観光協会のボランティアガイドとしても活躍しているそうです。今年度の上級編合格者の中には、「今治・しまなみ地域通訳案内士」にも合格された人がいたようです。

 さて、今回の研修視察は伯方塩業(株)大三島工場と宮浦地区の大山祇神社でした。今治市民であっても、同工場を訪ねたことのない方は意外に多くいます。過去に訪ねたことがあっても、塩業史に詳しい大成先生の解説を聞くと、塩づくりの魅力に引き込まれ、見える景色が違ってきます。大成先生は、伯方塩業の創業にかかわった丸本執正氏(故人)と親交があり、氏が社長の時に行動を共にする機会が多かったようです。そのため、創業時の苦労話や経営理念などをよく耳にしたようです。そんなエピソードを交えながらの工場視察となりましたので、合格者2名はより当地方の塩業史や製塩業の現状に興味がわいたことでしょう。お土産の食塩もたくさんいただき、まさにプレミアムな特典でした。


枝条架流下式塩田(伯方塩業(株)大三島工場)


 大山祇神社の散策は、宮浦港そばの一の鳥居からスタートです。昭和8(1933)年に造立された巨大サイズの石鳥居で、柱1本の長さが半端ありません。かつて参拝客は、船を使って宮浦港からアクセスすることが多く、そこに一の鳥居があることで、二の鳥居までの参道沿いが門前町として栄えたことが分かります。愛媛県内でこれほど大きい近代竣工の石の大鳥居は、石鎚神社(西条市)や和霊神社(宇和島市)などが知られています。これらは採石技術や運搬技術が進歩したことで誕生した近代土木遺産ともいえます。石材に注目すると、この一の鳥居は徳山石、石鎚神社は大島石、和霊神社は庵治石で、すべて花崗岩(かこうがん)となります。そういう視点で見ると、大山祇神社の二の鳥居は、柱石は2本の花崗岩を継ぎ足していました。見落としがちな視点ですが、当地方は大島石という銘石の産地がありますから、石へのコダワリ&深掘りはとても大切になってきます。


大山祇神社 一の鳥居(宮浦港)


 境内では、拝殿前で参拝した後は、酒樽が陳列された回廊へ歩を進めます。梁には、同社を参詣した著名人の写真額が飾られていて、伊藤博文・秋山好古・山本五十六らに驚かされます。伊藤博文公爵にいたっては明治42(1909)年に参詣した時の姿で、それから半年ほどたってハルビンで安重根に暗殺されています。参詣記念で植えられたクスノキも境内にあり、揮ごうした文字が二の鳥居そばで社号碑にもなっていて、境内では伊藤公爵をこれら3点をセットでとらえる必要があるのです。酒樽に話を戻せば、御神酒を献納した酒造メーカーの銘柄がプリントされ、最上位には大山祇神社の「白鷺」、2番目には今治唯一の酒造メーカーの「山丹正宗」、つづいて広島県の酒都西条のメーカー「加茂鶴」「白牡丹」「福美人」が続きます。この背景には、その場から少し歩いた先にある「酒殿」(しゅでん)と称されるお酒の神様を祀る祠が関係します。酒樽や酒殿については、指摘されなければ気づかない観光スポットで、プレミアム編ならではの視察コースといえました。


大山祇神社の奉納酒樽

 他にも深掘りスポットはたくさんあったのですが、あまり紹介すると参加者へのプレミアム感がなくなってしまいますので割愛(笑)。このような感じで、毎年冬の時期にプレミアム編合格者を対象にした研修視察を実施しており、ふだん立ち入ることのできない工場や貴賓室などを訪ねたこともありました。いまばり博士検定は、今治商工会議所が主催ですので、会員の法人が研修を受け入れてくれるのがありがたいですね。地域未来創生コースの必修科目では、今治を学びのフィールドとする機会が多くありますので、2年間でプレミアム編が取得できるよう、高みを目指してみてはいかがでしょうか。






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