2026年5月18日月曜日

地域未来創生コース 授業紹介 「コースセミナーⅠ」 南予視察研修(5月9日)

 今回、地域未来創生コースでは、「コースセミナーⅠ」(大成経凡・小林裕一郎)の視察研修コースを南予の内子町&大洲市としました。このねらいは、内子町にある国選定重要伝統的建造物群保存地区を散策する中で、町並み保存やオンリーワンを生かそうとするまちづくりの取り組みを学ぶ点にあります。大成先生が、愛媛県の近代化遺産調査事業の調査員・報告書執筆者だったこともあり、古民家を見るポイント等については、その時々で解説を加えることとしました。

 5月9日(土曜)8:40頃に短大を出発し、湯ノ浦IC経由で高
速道を走り、内子町の町並駐車場には10:00頃に到着しました。移動中の車窓からは、石鎚連峰や黄金色に輝く裸麦畑、初夏の山々の光景を望むことができました。参加した学生は3名。最初は、町並みの中核施設「木蝋資料館上芳我邸」を参観。かつて同地域の地場産業であった製蝋業(木蝋)をガイドさんの解説で学び、その財でできあがった国指定重要文化財の「上芳我家住宅」(明治27年竣工)の魅力を肌で感じとることができました。通りに面した部分はお店で、奥に住まいや製造現場がありました。シアターや展示資料で歴史を深く知ることができるのも良かったです。

上芳我家住宅


ガイドの説明(上芳我邸)


それでも、観光客の多くが上芳我邸を訪ねているわけではなく、入館しても短時間の見学で終わる人が多いように感じました。魅力の深掘りをテーマに掲げる本コースでは、同所だけで1時間余り滞在することになりました。このため、道の駅内子フレッシュパーク「からり」で昼食をとるはずが、町並み保存地区の古民家をリノベーションしたパン屋(Charme)に変更。こういうオシャレなパン屋が、近年は全国の重伝建地区でも多く見かけるようになり、町並みを活気づける息吹のように感じられました。パンの品数も多く、若い女性店員さん2名とパン職人のイギリス人2名がせっせと働く姿が印象的でした。昼食時間も勉強の一部になったような気がします。


個性的なパン屋でランチ

 つづいて、大正時代の薬屋を再現した「商いと暮らし博物館」(内子町歴史民俗資料館)を参観。近代和風建築の良さを感じるだけでなく、生活感を感じさせる蝋人形が多く置かれていたことも、内子らしさを感じました。内子座は、現在改修中ということで、楽屋のみの見学となりましたが、ここでも常駐するガイドさんから丁寧に解説をいただき、魅力を知る助けとなりました。ふだんは見ることができない楽屋を見せることで、改修中でも観光客が内子座へ足を運ぶ工夫を感じとることができました。10時頃に到着した際はまばらだった観光客も、正午前後には保存地区で多く見かけるようになり、気になったのは韓国人観光客が多いということでした。これは松山空港発着の韓国直航便が増えたことや円安が背景にありますが、かつては九州に多かった韓国人観光客が、四国にも増えてきているのかも知れません。


内子の町並み(本芳我邸前)

町並み保存地区を離れた後は、「からり」で休憩をすませ、大洲まちの駅「あさもや」を目指しました。もうその時点で14:00を過ぎ、予定コースの長浜大橋とJR下灘駅はあきらめることに。大洲の町並みでは、おなはん通りを抜けた先にある臥龍山荘(国指定重要文化財)がお目当てでした。貿易で財をなした実業家が、余生を故郷で過ごしたいという思いから10年の構想と工期を費やして手がけた近代和風の名建築です。大洲市は〝伊予の小京都〟とも称されますが、京都清水寺同様の舞台づくりが臥龍山荘の不老庵の造りに見られます。建物にもお庭にも和のわびさびが凝縮され、インバウンドに喜ばれるのは当然のことでしょう。ちょうど「あさもや」の観光駐車場には大型バス4台が駐車していましたが、欧米人や韓国人を多く見かけました。数年前なら、ひっそりとした臥龍山荘でしたが、今ではちょっとしたオーバーツーリズムに陥っているように感じました。大成先生は数年おきに訪ねているようですが、お庭の苔が心なしか踏み荒らされて色あせしている印象を受けたそうです。苔を踏まないよう飛び石が敷かれてあるのですが、他の観光客とすれ違う際の接触を避けようとして、そのようになったのでしょうか。

臥龍山荘

 おなはん通り周辺の古民家も、漸次リノベーションされていて、1棟貸しのホテルや個性的なお店が増えているようです。大洲観光の仕掛人でもあるDMOキタマネジメントの取り組みは、学生たちにも注目して欲しいところです。そして最後は、臥龍山荘を手がけた職人とも縁のある大洲市菅田町にある少彦名神社参籠殿(市指定文化財、昭和9年竣工)へ。ここは、まだ観光客が押し寄せることもなく、静寂さの中、平成26(2014)年に修復された名建築に学生たちも圧倒された様子でした。これを見終えた頃が15:30過ぎで視察を打ち止めとしました。もっと色々と見たかったのですが、視察したもの一つ一つが奥深く、あとでパンフレットや撮影した写真をふり返る中で、個々の中で成果を感じることができれば幸いです。


少彦名神社参籠殿



このページの先頭へ戻る