3月1日(日曜)午後、三津浜地区まちづくり協議会まちおこし部会主催の「三津浜まちあるき講座」が開催され、本学の大成経凡先生が講師を務めました。本イベントは今年で3回目となり、過去2回も大成先生が講師を務め、松山市三津浜地区の近代化遺産をめぐるまちなみガイドとして定着しつつあります。昨年は松山工業高校と第一学院高校から高校生3名の参加があり、今年は本学兄弟校のFC今治高校里山校から渡辺朔次朗君(1年生)の参加がありました。
| ハーバーラウンジ三津浜 |
本学で令和8年度から開講される地域未来創生コースは、三津浜地区を研修コースの一つに考えております。同じ港町の今治市中心市街地との違いは、空襲による被災を受けていないため、明治・大正・昭和初期に竣工した近代化遺産が多く残されていることです。例えば、集合場所の「ハーバーラウンジ三津浜」は、大正13(1924)年に竣工した木造二階建ての擬洋風建築で、港湾荷役などを請け負う山谷運送店(現、株式会社山谷)の社屋として建てられました。大成先生が座学をした2階の部屋は、荷役に従事する労働者〝沖仲仕〟(おきなかせ)の待機所だったと伝わります。
そして道路向かいには、同年に竣工した石崎汽船の旧本社ビル(伊予鉄グループ所有)があり、こちらは鉄筋コンクリート造二階建てです。当時の石崎汽船は、広島航路をドル箱とする旅客船事業で財をなしました。設計は木子七郎が手がけ、彼が手がけた松山市内の建築としては、萬翠荘(大正11年)や愛媛県庁舎(昭和4年)があり、いずれも二階建て以上の鉄筋コンクリート造でした。参加者17名は、いきなりこの海運業ゆかりの近代化遺産を特別に拝観することができ、石崎汽船旧本社ビルの屋上にも立ち入りを許されました。そこからの眺めは爽快で、参加者のテンションも爆上がりでした。
| 石崎汽船旧本社ビル |
ほかにも、国登録有形文化財の木村邸(明治期/個人所有)や旧鈴木邸(大正期頃/個人所有)の屋内見学、三津の渡しを渡って、石崎船渠の石垣ドライドック跡(大正期/オオノ開發所有)、新浜村塩田の塩輸送目的に貨車専用として明治31(1898)年に開業した伊予鉄港山駅などを大成先生の解説つきで見学。ふだん立ち入ることのできない建物を見学できる喜びと、何気なく見過ごしてきた建造物の由来を知ることで、その魅力にひたることができました。参加者の3分の1は地元住民でしたが、やはり知らないことは多いようで、三津浜にかつて賑わいをもたらした実業家や商人たちの営みを知ることで、愛郷心を深める機会になったようです。
| 石崎船渠ドライドック跡 |
三津浜地区では、空き家を移住者に斡旋する取り組みも積極的に行われています。イベントを仕掛け、賑わいを生み出すグループもいます。今回の催しは、地元の魅力を知る学びの機会でもあり、周遊観光コースの提案にもつながっています。近い将来、大成先生は観光客向けのまちなみマップを作成したいようで、三津浜の渋沢栄一のような存在である「近藤正平・貞次郎父子」に関心を抱いております。近代化遺産については、例え価値があっても保存継承の困難に直面する建造物も多く、修理・維持等の支援制度の課題を抱えています。地域未来創生コースの学生には、町並み保存や観光振興の視点から、三津浜地区に足を運んでもらう計画です。一方、初めて三津浜を訪問した朔次朗君ですが、たくさんの知的刺激でお腹がいっぱいになったようです。食べ歩きもしっかりこなし、つけ麺の真中を訪ねただけでなく、蔵をリノベーションしたシェアキッチンでパンを購入していました。ちょっと足を延ばせば、伊予鉄梅津寺駅の「東京ラブストーリーのロケ地」も観光できます。近年、その付近の夕陽が韓国人旅行客に人気のようですが、地域未来創生コースの授業を先取りし、今回は朔次朗君にモニターツアーを体験してもらいました。
| 伊予鉄梅津寺駅 |

