2026年6月17日水曜日

授業紹介 日本を学ぶⅠ 野間地区の中世石塔めぐり(6月10日)

 6月10日(水曜)の「日本を学ぶⅠ」(大成経凡先生)は、44名の学生を引率し、短大からバスで約10分の距離にある野間地区の中世石塔めぐりを行いました。参加した学生の国別内訳は、日本6・インドネシア1・ミャンマー37となります。今期は、履修生にミャンマー人が多いこともあり、仏教史に関係する事象を通して、日本文化や日本人の精神性の理解につなげるよう努めています。

 今回は、鎌倉時代に新しく誕生した仏教宗派の社会的影響をとらえるうえで、野間地区に点在する国指定文化財の五輪塔・宝篋印塔(ほうきょういんとう)を視察することとしました。国指定ということは〝文化財の王様〟であり、大変貴重な地域資源でもあります。一見、文化財保護法に守られて、見学のハードルが高いように感じられますが、人里離れた田畑の真ん中や民家のそばにあって、近隣住民にとっては身近な存在でもあるのです。ここ5年ほど、本科目の授業で訪ねていますが、それら3か所の覚庵(かくあん)五輪塔・馬場(ばば)五輪塔・長円寺跡(ちょうえんじあと)宝篋印塔で観光客とすれ違ったことは一度もありません。

長円寺跡宝篋印塔

 これらは、いずれも鎌倉時代後期に造立されたもので、馬場五輪塔と長円寺跡宝篋印塔については、造立された年月や目的などが花崗岩(かこうがん)の石材に刻まれています。覚庵五輪塔については2基が仲良く肩を寄せ合うように並ぶ夫婦墓で、馬場五輪塔は若くして亡くなった妻のために夫が造立したもの、長円寺跡宝篋印塔は亡くなった夫のあの世での幸せを願って妻が造立したものと分かっています。それらを知ると、当時の今治人は夫婦仲が良かったように感じられ、〝恋人の聖地〟のような魅力を備えているのです。もちろん、そのことは〝いまばり博士〟の大成先生が持ちネタとしてしっかり解説していました(笑)。

 注目して欲しい点は、サイズが大きくて意匠性に優れていること。石材が花崗岩であるため、造立から700年近くたっても風化や欠損が見られません。他地域(国東半島や箱根など)では、石材が凝灰岩や安山岩の場合、同時代のものはひび割れや欠損が見られ、文化財としては見劣りします。花崗岩は硬いため、加工には石工の高度な技量が求められます。一方、軟らかい凝灰岩や安山岩は、加工はしやすいが風化の影響を受けやすいようです。識者によると、長円寺跡宝篋印塔を当時と同じ手仕事でつくれば、6千万円ほどとかかるとのことです。


覚菴五輪塔

それらの仏教石塔は、鎌倉時代後期から造立が増えていきますが、最初は高僧や有力者などが造立にかかわったことで、意匠性に優れた大型のものが特徴となってきます。時代が下れば意匠は退化し、サイズも小型化していきます。その傾向は、仏教の信仰者が増えて、多くの人々がそれらをお墓として受容していったことを意味します。特に五輪塔は日本オリジナルの石塔のめ、大成先生はこの点を留学生には強調して解説していました。一方、宝篋印塔の源流は中国にあるようですが、日本の優れた石塔の多くは、地震対策を兼ねて部位ごとを凹凸で合体させるなどの工夫がよく見られるとのことです。


馬場五輪塔

次回の授業では、改めて中世石塔がつくられた時代背景をおさえたいと思います。また、今回視察した石塔を仏教美術のストーンアートとしてとらえ、貴重な地域資源として地域活性化にもつなげる視座を培いたいと思います。


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