本学非常講師の島崎義弘先生の仲介で、岡村島のこどもたちと本学ミャンマー人留学生(国際観光ビジネスコース)のジンミンソーさんとメイヤダナーさんが異文化交流を行いました。岡村島といえば、12市町村が合併した今治市にあって、平成合併前は最少人口の自治体・関前村に所属する島で、同村3つの有人島(ほか大下島・小大下島)では、役場庁舎・小中学校舎を有する最も人口の多い島でした。しかし、平成17(2005)年1月の合併当時800名弱いた村の人口も、今では300名弱にまで減少しています。この日は、岡村島で生活する8名の岡村小学校児童・関前中学校生徒全員が2名の留学生と引率の大成先生を出迎えてくれました。
招かれた理由は、集まった児童・生徒のうち4名が、2月に家族と一緒にミャンマーを訪問するためです。その家族とは今里家で、元地域おこし協力隊の今里拓哉さんの祖父はかつて太平洋戦争末期にビルマ戦線に出征し、通信兵だったそうです。しかし、祖父の発した通信が英国軍に傍受されて味方陣地が攻撃を受け、部隊は祖父を含む2名の生存者を残して全滅。奇跡的に生還した祖父は、その負い目を感じて戦後現地に慰霊碑を建てたそうです。その慰霊碑の現状確認と家族のルーツ探しを目的にミャンマーを訪ねる予定です。そして旅立つ前にミャンマーの生活習慣や文化を知りたくて、本学の留学生にミャンマー語での挨拶や自己紹介の仕方、名前の書き方などを学び、タナカ(化粧)や民族衣装の試着にも挑戦しました。島内散策では、柑橘畑の「甘平」「レモン」や天日干しの島ヒジキなどを観賞し、大成先生の解説で鏝絵のある古民家を観光したりました。
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| タナカ(化粧)について説明 |
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| 天日干しのヒジキ(島散策) |
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| 民族衣装を着用した生徒 |
今里さんは、本学で「今治市のジャーナリスト・長井健司氏」を取り扱った大成先生の授業を新聞記事で知り、本学にミャンマー人が多く在籍することを初めて知ったようです。今里さんはネパールやフィリピンでの生活経験もあり、アジアからの留学生が多い本学にはかねてから興味を示されていました。そこで親近感がわき、今回の異文化交流会の企画につながりました。大成先生は一昨年の姫子島神社秋祭り以来の児童・生徒との再会となりましたが、こどもたちの成長を実感するとともに、昨年春に県外から移住してきた家族とも交流しました。訊けば、その場に居合わせた児童・生徒全員が兵庫県などの県外出身者で、岡村島の産まれではないのです。岡村島の暮らしにフィットし、島民の温かさや島の自然文化にふれながら成長していることを実感。ある生徒は、移住する前の都市部での暮らしが面白くなかったが、ここでは個々に役割が与えられて自己表現する機会が増え、生きがいにつながっていることを語ってくれました。
お別れの際は、岡村港桟橋から全員で手をふってお見送りをしてくれました。参加した留学生たちも、こどもたちや島民との交流が楽しく、卒業するまでにまた行きたいとのことでした。今治港からだとフェリー・旅客船で約1時間の距離ですが、きっかけさえあれば、また訪ねたくなる場所です。岡村島は、安芸灘とびしま海道で広島県呉市の島々ともつながっており、島暮らしの地域課題や島の地域活性化を考えるうえではフィールドワークの最適地ともいえます。4月に開設される地域未来創生コースでも、その候補地として大成先生は頭に描いているようです。1月3日には、そのことを念頭に呉市豊町の大崎下島久比地区(まめなコモンズ)を視察しており、現地の若者たちと交流し、いい刺激を得たようです。今年も岡村島の秋祭りには、本学の学生を派遣し、島民との交流を通じて地域づくりのヒントを学びたいと思います。
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| お別れの挨拶(岡村港) |





